2017年8月27日日曜日

写狂老人A アラーキーの写真に救いを見た夏の日

 
アラーキー(荒木経惟)の展覧会「写狂老人A」を見に行った。



会場である東京オペラシティアートギャラリー。
遊女スタイルのおねーさんに睨まれながら、エスカレーターで3階の入口へ。


会場に一歩足を踏み入れると、左右に巨大な女性のモノクロヌード写真がざーっと並ぶ細長い通路が現れ、来場者を迎え撃つ。
(厳密には2枚ぐらい男女の着衣の全身写真もあったが、横にヌードがあると必然的に存在感が薄れる。)
この『大光画』というタイトルの連作の被写体は、すべて無名の女性たち。若い女性、中年、熟年…年齢層は幅広い。

巨大な写真群に衝撃を感じるのは、決して「ヌードだから」ではない。
身も蓋もない言い方をすると「整ってないヌードだから」だ。

中年・熟年女性の写真には、お腹で段になっている肉、背中のたるみ、肌のシワなどがダイレクトに映り込んでいる。
世に氾濫するAV女優やプレイメイトなんかの、男の理想を具現化したヌード写真とは対極にある写真。
たるんだ部分を写さないとか、布団や衣類で誤魔化すなどの工夫もできたはずだが、アラーキーはただただ、ありのままの彼女たちを写真に収める。

女性たちの表情からも、グラビア写真的な男を挑発する意図は感じられない。
アラーキーとの会話でリラックスした結果なのか、日常の延長線上にあるような自然な表情だ。
大きい胸、小さい胸。引き締まったお腹、たるんだお腹。小さめのお尻、大きめのお尻、垂れているお尻…。
若い子の写真もおばちゃんの写真も、全部同じ大きさで展示された空間の中で一つ一つの裸体と向き合ううちに、私はアラーキーがこの空間に込めたメッセージに触れたように思った。
お姉ちゃんの身体も、おばちゃんの身体も、みんな同じように価値があるよ、ということではないだろうか。

平らなお腹やハリのある肌は、この世に生を受けてからの日が浅い証。
たるんだお腹や身体のシワは、この世で重ねてきた時間の証。
アラーキーはきっと、それぞれの人生が刻まれた肉体一つ一つに、同じリスペクトと愛情を持ってカメラを向けてきたのではないか。

女として生活していても男性向けのコンテンツのグラビアやヌードを目にする機会はたまにあるが、そういう写真の中の完璧なボディ(補正の結果もあるだろうけど)からは静かな圧力を感じる。
男に愛されたいなら、たるんだ肉を何とかしろ、胸はこのぐらいのサイズであるべきだ、とか言われている気分になり、少し自信が失われる。
ファッション誌のダイエット特集やエステの広告にも、そういう圧力はある。女として生きる以上、身体の査定からは逃れられないのか…と思う。

しかし、この展示室の中で、私はそういう圧力から解放されていた。
腹が出てるから被写体になる価値がないなどと、アラーキーは決して言わないだろう。
あなたの人生が刻まれた世界に一つの身体なんだから、ちゃんと撮っておいてあげないとね、みたいな大らかさが、作品から溢れている。
女性の存在そのものへの愛とエールに、ちょっと救われた気分。

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巨大ヌードゾーンを抜けると、空を写した小さなモノクロ写真が大量に展示されている壁『空百景』、同様に花を写した写真の壁『花百景』が続く。
亡き妻・陽子さんとの結婚記念日である7月7日に撮った写真だけを大量に並べた部屋(『写狂老人A日記 2017.7.7』)、八百屋のおじさんを撮った初期の写真のスライドショー(『八百屋のおじさん』)、デジカメの日常スナップのスライドショー(『非日記』)、ポラロイド写真のコーナー(『ポラノグラフィー』)などがあり、アラーキーのささやかな日常風景が繰り広げられている。

たまに女の子の人形と大人のおもちゃが一緒に写っているようなアラーキー流エロ写真もあるものの、このセクションからは、少しの淋しさを含んだ穏やかな空気を感じた。曇ってるんだけど、涼しくて過ごしやすい日のような。晩年を迎えたアラーキーの、生活者としての側面に触れた気がした。

📷

次の部屋には、日本庭園や和室をバックに、着物が半分はだけている遊女たちを撮った連作『遊園の女』が。
遊女たちの唇には赤い口紅が塗られているのだが、さらに下唇の真ん中だけ玉虫色に塗っている女性が何人かいて、セクシーさとグロさが混ざり合った強烈な風貌になっていた。
同じような玉虫色、または土気色の蛇のおもちゃが脇に置いてあったり、女性の太腿を這っていたりするのも、グロさに拍車をかける。
床の間に交尾する豚の陶器が置かれているのも生々しい。
鑑賞ガイドによると、この連作は「遊郭から逃げようとする遊女を女衒である荒木がとらえるといった場面をイメージした情景」だという。
確かに、女性たちの表情はどれも、どことなく退廃的。
脚を開くなどのエロいポーズをしつつも、表情は全く楽しそうではなく、運命に抗うことを諦めたような虚ろな雰囲気。
でもそれがエロい。女の諦観漂う表情が、見る側の背徳感を喚起するからなのか。
拒絶されても求め、カメラを構えてしまうアラーキーの視点を、私もいつの間にか追体験している。こういう興奮と切なさが混在する情景にエロスがあるのだというアラーキーの美意識に、なんか納得させられる。

金や安全や保障された生活を与えて繋ぎ止めようとしても、女は逃げる。
縄や力で言うことを聞かせても、女の心は支配できない。
作品の根底にあるのは、そんなアラーキーの女性観であるように思う。
一番最初のヌード写真と同様、この部屋の写真は、男のためのファンタジーヌード/グラビアとは一線を画すものだと感じた。

以前、女子中学生が大学生の男に2年間監禁された事件の記事をネットでランダムに読んでいたら、少女を監禁・調教するエロゲやエロコンテンツに対する批判の記事を見つけた。
この手のエロゲ/エロコンテンツにはよく「最初は恐怖で心を閉ざしていた女の子が、主人公の不器用な愛を少しずつ受け入れ、または主人公のテクニックによって性的快楽に目覚め、最終的に両想いに」という超ご都合主義ハッピーエンドが用意されていると書いてあり、「はぁ?」と思った。

アラーキーの連作でも、男が女を拘束するというストーリー自体は同じである。
しかし、その中にいる女は、エロゲのヒロインのような男の欲求を具現化した存在ではなく、意思を持った本物の女だ。
肉体関係を結んで一瞬だけ一つになったとしても、究極的には他人でしかない女の心を支配することなど、できるはずがない。写真の舞台は虚構でも、写っているのは紛れもないリアルだ。

自分で作った都合のいいフィクションの中に籠ったりせず、あくまでも生身の女と正面から向き合おうとするアラーキーの姿勢に、改めて感動。こういう男性が増えてほしいなぁ。
アラーキー先生、女に非現実的な理想を押し付ける男に、喝を入れてやってください。

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そして最後の部屋。『切実』と名付けられた空間には、全く関連のない2枚の写真を真っ二つに切り、一方の右半分ともう一方の左半分を貼り合わせた写真が、ランダムに壁に貼られている。
どこかの道端のスナップと植物の写真、食べ物の写真とポートレート写真…といったように、(少なくとも見ている側にとっては)無関係な2枚の写真の片割れ同士がくっつけられ、バラバラと壁を彩る。

抱き合わせになった2つの情景たちの中を歩いていると、アラーキーの脳内のとりとめのない記憶の中に紛れ込んでしまったような錯覚に陥る。
そして、自分自身の記憶も、この写真たちと同じくらいランダムで掴みどころのないものなのでは、と気付く。
同じ日に起こったことなのに、記憶の中では別の日の出来事だと錯覚したり。
客観的に見れば何の結び付きもない二つの出来事に、何故か同じ感情を抱いたり。
綺麗な景色を見たことは鮮明に覚えていても、そこに誰と行ったのかは思い出せなかったり。

写真が切り取る現実と、私たちが頭の中で現実だと思っているもの、どちらを信じればいいんだろう。
真実が宿っているのは、一体どちらなんだろう。
いや、そもそも写真だって、撮る人間の主観から自由になることはできない。
もしかしたら、私たちが生きている現実世界なんていうものは、私たち自身が作り出した虚構にすぎないのかもしれない…。
これが、70歳を超えたアラーキーが、己の写真人生の果てに辿り着いた結論なのか。

展示室を出ると、目の前の景色や自分自身の輪郭が薄まってゆくような錯覚を覚えた。
もしかして今日見たものも、今見ている世界も、虚構?

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そんな感じで、かなり見応えのある展覧会でした。
一番印象的だったのはやはり、『大光画』と『遊園の女』。
こんな風に女性を撮ってくれる男性が日本にいるということに、ささやかな希望を見た。

今年はアラーキーイヤーなのか、東京都写真美術館(通称TOP←大きく出たなぁ)も、アラーキーの『センチメンタルな旅』展を同時開催している。
『写狂老人A』の半券を持っていくと料金が安くなるらしいので、こっちも見なければ!


2017年8月26日土曜日

続・一人出版社


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